投稿日:2026年5月20日 | 最終更新日:2026年6月12日
昔から、人の行動を観察するのが好きです。
なぜその人はそう動くのか。
なぜその言葉を選ぶのか。
なぜあの人と話すとき、微妙に空気が変わるのか。
人間って、行動に全部出るんですよね。
本人が隠しているつもりでも、積み重ねを見ていると、構造が見えてくる。
そういう観察をしていると、ときどき面白い人に出会います。
表面を真似しているのに、ことごとくズレている人です。
魔女のバッグハンガー事件

以前、職業訓練校で出会った女性がいました。
便宜上、「魔女」と呼びます。
詳しいエピソードはこちらに書いています。
魔女は、私のことを何かと真似してくる人でした。
あるとき、私がバッグハンガーを使っているのを見て、翌週に魔女もバッグハンガーを導入してきた。
でも魔女は、ちょいちょいリュックを床置きするんです。
と思いました。
私がバッグハンガーを使うのは、バッグを床に置きたくないからです。
理由が明確にあるでしょ?
でも魔女にとってのバッグハンガーは、「あの人と同じものを持てば、同じレベルに見えるかも」という、外側の印象操作のためのアイテムでした。
「なぜ自分はこれを持つのか」という視点がゼロだから、使う場面も習慣も育たない。
結果、リュックは床に置かれ続けた。
最初、不思議で仕方なかった。
ライダースも、同じことが起きた

その少し後、今度はライダース事件が起きました。
私がライダースジャケットを着ていった翌週、魔女もライダースジャケットを着て現れた。
ただ、コーデのバランスが崩壊していました。
部屋着のようなチュニック丈のパーカーに、スウェット素材のパンツ。
そこにライダースジャケット。
ライダースは、着る人の「在り方」が問われるアイテムだと思っています。
私はロックなコーデが好きだから着る。
理由がある。
全体が一致していると思います。
でも魔女には、「ライダースを着る自分の文脈」がない。
「それっぽく見せたい」という外側の動機だけがあって、全体のバランスを整える土台がなかった。
だからジャケットだけが浮いて、全体がちぐはぐでした。
あれ、独特の滑稽さがある。
「なぜ」がない人の行動は、なぜズレるのか

魔女だけじゃありません。
私はこれまで、同じパターンを持つ人を、何人か観察してきました。
ある人は、私が「合わない人はきっぱり距離を置く」という話をしたら、「私も合わない人はすぐ切るタイプだから〜」と言い始めた。
でもその人が、誰かを切る場面を見たことは一度もない。
どちらかといえば、人の顔色を伺い、人に合わせてばかりいる人でした。
距離の置き方を「設計」するとはどういうことか、こちらも読んでみてください。
別の人は、私が副業をしていると知ると、何か新しいことを始めると言い出した。
行動自体は起こしている。
でも、なんのためにそれをするのかが見えない。
案の定、疲弊していました。
言葉を真似しても、行動を真似しても、結果がズレていく。
なぜか。
「なぜ」がないからだと思っています。
バッグハンガーを使う理由。
ライダースを着る理由。
合わない人と距離を置く理由。
副業をする理由。
その「なぜ」が自分の中にあるとき、行動は意味を持ちます。
意味があるから、定着する。
意味があるから、全体のバランスが取れる。
意味があるから、状況が変わっても続く。
でも、自分の外側から取り入れた行動には、「意味」がない。
アイテムだけが浮く。
言葉だけが浮く。
行動だけが浮く。
全体と噛み合わない。
だから外側だけ真似しても、必ずズレるんだよね。
「なぜ」はどこから来るのか

じゃあ「なぜ」って、どこから来るんでしょうか。
私の場合、フリーランスになった理由は「かっこいい独立」じゃありません。
会社員が体に合わなくて、体を壊して、逃げるように辞めました。
それが正直なところです。
でも、その「なぜ」があったから、今の仕事が自分の生き方と一致しています。
「体を壊してでも会社員が無理だった」という経験が、「自分のペースで、自分の言葉で書く」というライターの在り方と繋がっている。
根があるから、続いている。
かっこいい理由じゃなくていい。
整っていない動機でもいい。
「合わない人と距離を置く」のも、私の場合は「やだな」という感覚をちゃんと感じられるようになってから、できるようになったことです。
昔は「やだな」と思う暇もなく許していた。
感じることすらできなかった。
その感覚を取り戻していく過程があったから、言葉と行動が一致した。
「なぜ」は、経験から生まれます。
本音から生まれます。
「これが嫌だった」「これが好きだ」「これで傷ついた」という、自分の内側から出てくるもの。
だから真似できない。
借りてこられないんです。
自分の「なぜ」を言語化したいとき、心理系の本を読むのがすごく助けになります。
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かっこよくなくていい。でも、本物だよ。
構造が見えると、ズレが読める

観察を続けていると、「この人には『なぜ』がある」「この人には『なぜ』がない」というのが、わりと早い段階で見えてくるようになりました。
言葉の重さが違う。
行動の定着の仕方が違う。
少し時間が経ったときに、続いているかどうかが違う。
「なぜ」がある人は、外側がどう見えるかより先に、自分がなぜそうするのかが明確にあります。
だから状況が変わっても、アイテムが変わっても、ブレない。
言葉と行動と存在が、一致しています。
「なぜ」がない人は、外側を整えようとすればするほど、全体がちぐはぐになっていく。
これは性格の話でも、能力の話でもない。
「自分の内側に根があるかどうか」という、在り方の話です。
「芯」がないから、浮くんだよね。
あなたの行動に、「なぜ」はありますか
少し、自分に問いかけてみてください。
今やっていることを、自分の言葉で説明できますか。
「なんとなく」
「周りがそうしてるから」
「あの人がやってたから」
そういう答えしか出てこないとしたら、それはまだ「なぜ」が自分の中にない状態かもしれない。
逆に、かっこよくない理由でも、整っていない動機でも、自分の言葉で言えるなら、それは本物の「なぜ」です。
「なぜ」は、自分の外側に探すものじゃないと思っています。
続いていること、手放せないこと、体が動いてしまうこと。
嫌だったこと、傷ついたこと、どうしても譲れないこと。
その中に、もう答えがあります。
「なぜ」があれば、行動は定着する。
言葉は重くなる。
存り方が、一致していく。
それが、信頼ってことなんだと思う。
「なぜ」を持って生きると、人間関係も変わっていく。
こちらも読んでみてください。


