自己理解と心のケア

認知の歪みを10年かけて外していったら、封印していた私が出てきた

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認知の歪みを10年かけて外していったら、封印していた私が出てきた

投稿日:2026年10月20日 | 最終更新日:2026年10月20日

今の私は、何かでつまずいても、わりと自然に「捉え方」を変えられます。

「あ、今ちょっと決めつけてたな」と気づいて、考え直す。
それがもう、当たり前の動きになっているんです。

でも、最初からこうだったわけじゃなくて、ここに至るまでには、10年単位の時間がかかっています。

先に言っておくと、これは「私すごいでしょ」という話ではないです。
むしろ逆。

自分の考え方を変えるのは、本当に簡単じゃない。

でも、長い時間をかけて向き合っていくと、生きるのがちゃんとラクになる。

今日は、そんな話をします。

「ありのままの私では、存在してはいけない」と思っていた

「ありのままの私では、存在してはいけない」と思っていた

昔の私の中には、たくさんの思い込みがありました。
その中で、いちばん根っこにあったのがこれです。

ありのままの私は、人から嫌われる。
ありのままの私で、存在していてはいけない。

この一本の根っこから、細かい「禁止」や「抑圧」がいくつも枝分かれしていたんだと思います。

人といるときは、いつも三つの怖さがいた

人と一緒にいるとき、私は必ずこの三つを抱えていました。

失敗しないように。
嫌われないように。
バカにされないように。

しかも、それぞれにちゃんと対策まで用意していたんです。

    • 否定されないように、相手の意見に合わせる
    • バカにされないように、明るく頭良さそうに振る舞う
    • 失敗しないように、挑戦しない

今振り返ると、どれも自分を守るための工夫だったんですよね。
ただ、全部が「本当の自分を出さない」ほうに向いていた。

合わせ続けるうちに、自分が何者かわからなくなった

当時の生きづらさを並べてみると、こんな感じです。

  • 人といちいち比べて、しんどい。
  • 安心できる場所が、どこにもない。
  • 常に人に合わせているから、自分が何者なのかわからない。

それでも当時の私は、そこまで疲れている自覚はありませんでした。
今ほど感覚が鋭くなかったので。

Kumi
疲れてる自覚すらなかったのよ。

「正解がひとつ」の事務すら、うまくできなかった

正解がひとつの事務すら、うまくできなかった

いちばん辛かったのは、仕事でした。

失敗できないから、仕事ができない。
そして、仕事ができないことを認めるのも、しんどい。

わからないことを聞けない。
ミスを隠す。
やるべきことができない。

普通の仕事が、普通にできなかったんです。

正解がひとつしかない事務作業ですら、「ここを見ればいい」という基準を自分で見つけられなくて。
ミスばかりしていました。

意識はずっと「どう思われるか」に向いていた

じゃあ、そのとき私の意識はどこにあったのか。

目の前の作業じゃなかったんです。

「人からどう思われるか」

ずっと、そこを見ていました。

存在していい場所を探すことに、脳のリソースを使い切っていた

今ならわかります。

「存在していい場所をさがす」ことに、脳のリソースがほとんど持っていかれていたんです。
だから、普通のことをこなすためのリソースが足りなくなる。

能力がなかったわけでも、怠けていたわけでもなかった。
リソースの使い道が、そっちに取られていただけだったんですよね。

夜のひとり時間に眺めていた、一冊のノート

夜のひとり時間に眺めていた、一冊のノート

きっかけは、自分の親が毒親だと気づいたことでした。

乗り越えたくて、いろんな文献やWEBを読みあさりました。
その頃のノートが、今も手元にあります。

ノートを使って自分と向き合ってきた方法は、こちらにまとめています。

「だから私はヘンテコなんだ」と思えた夜

「だから私はヘンテコなんだ」と思えた夜

WEBで読んだ「10の認知の歪みリスト」を書き写したページです。

全か無か思考。心のフィルター。結論の飛躍。レッテル貼り。自己関連づけ。

夜のひとり時間に、このページをよく眺めていました。

「だから私は『ヘンテコ』なんだ〜。これを直していけばいいんだ!」

正解が見つかったような気持ちでした。

このページは、今でもときどき開いて見返しています。
それくらい、めちゃくちゃ使ったし、救われたページなんです。

「思考はただの癖」という言葉

同じ頃、どこかでこんな言葉にも出会っていました。

思考はただの癖。
癖は、訓練すれば変えられる。

この言葉があったから、根気よく続けることができたんだと思います。

歪みは、生きてきた年数分ある

歪みは、生きてきた年数分ある

やったことは、シンプルです。

気づいては、振り返る。

その繰り返し。

ただ、1回では変わりません。
しかも、認知が歪んでいる部分って、めちゃくちゃ膨大なんです。

だって、生きてきた年数分あるから。

最初はもちろん、見つかりまくりました。
それが10年も経てば、年に一回見つかるかどうか、くらいになる。

本当に、10年単位のコツコツです。

「つらい」は、掘り始める合図だった

振り返るタイミングは、「つらい」と思ったときです。

たとえば仕事で、アドバイスや指摘をされると死にたい気持ちになる。
そんなことがあったとします。

以前の私なら、そこから回避に走っていました。
やらない。他のことで気をそらす。

でも、そこで立ち止まって、掘っていくんです。

  • なぜ、死にたくなるのか?
  • どう「言われた気持ち」になったのか?
  • それは、どこから来ているのか?

ちなみに、今の私がつらいときにどうしているかは、こちらに書いています。

底にあったのは「お母さんを幸せにできない」

掘っていくと、まず「責められている」と感じていることに気づきました。

でも、さらに掘ると、責めていたのは相手じゃなかった。
完璧じゃない自分を、自分で責めていたんです。

なぜか。
小さい頃から、ずっと自分を責めていたから。

その原点にあったのが、「お母さんを幸せにできない」という思いでした。

気づくたびに、ひとつラクになる

認知行動療法って、気づくたびにラクになるものだと私は思っています。

10年かかったと聞くと、気が遠くなるかもしれません。

でも、ゴールにたどり着くまでずっと我慢していたわけじゃない。
ひとつ気づくたびに、ちゃんとひとつ軽くなっていったんです。

「ありのまま」は、探すものじゃなく、残るものだった

「ありのまま」は、探すものじゃなく、残るものだった

いちばん長くかかったのは、やっぱり根っこの「ありのままの自分は嫌われる」でした。

手放そうにも、まず「ありのままの自分ってなに?」の答えがなかったんです。
ずっと人に合わせてきたから、どれが「ありのまま」なのかわからない。

怖くてやってること、やらないことを一個ずつ外していった

私がやったのは、「怖くてやってること」「怖くてやらないこと」を、一個一個地道に解消していくことでした。

そして、最後に残ったもの。

それが、ありのままの私でした。

最後に残ったのは、私が封印してきた私だった

残ったのは、こんな私です。

自由。
わがまま。
甘えん坊。
社会不適合。

……これ、全部、私が「ダメ」と思って封印してきたものなんですよね。

最後のコンプレックスは「社会不適合」だった

封印していたものの中で、最後まで残っていたのが「社会不適合」のコンプレックスでした。

これがほどけたのは、フリーランスとして生きていけると思えたとき。
業務委託の報酬だけで、生きていけると思えたときです。

あんなに辛かった、仕事の場所で。

今はもう、ネタで言えます。
全く自分を責めていないし、直そうとも思っていません。

Kumi
今は普通に「社会不適合です」って言える(笑)

感覚を麻痺させなくても、生きていけるようになった

感覚を麻痺させなくても、生きていけるようになった

最初に、昔の私は今ほど感覚が鋭くなかった、と書きました。

これも、考え方を作り直してきたことと関係があると思っています。

感覚を麻痺させる必要が、なくなったんです。
麻痺させなくても、生きていけるから。

結局、自分と向き合うって、「自分の感覚に気づいて信じる」ことなんですよね。

感覚が戻ってきてからの話は、こちらに書いています。

「見つかったらラッキー」と思えるまで

「見つかったらラッキー」と思えるまで

最初にノートを眺めていた頃、私は「これを直していけばいいんだ」と思っていました。

でも、10年たって振り返ると、私は何も直していなかったんです。

怖さを外していったら、封印していた私が出てきた。
ただ、それだけだった。

考え方を変えるって、別の誰かになることじゃない。
もともとの自分に、戻っていくことなんだと思います。

今日は私自身の経験として書きましたが、思い込みがどうやってできるのか、どうすれば外していけるのかは、つま研で心理学の知識と根拠をもとに解説しています。

「なんでこうなるの?」をもっと知りたい人は、あわせて読んでみてください。

「わかっているのに変われない」のは自然なこと。アダルトチルドレンの認知の歪みの直し方

Kumi
こちらもぜひ読んでほしいです!

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