自己理解と心のケア

昔、人をバカにしていた私が、失敗できるようになるまで

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昔、人をバカにしていた私が、失敗できるようになるまで

投稿日:2026年10月16日 | 最終更新日:2026年10月16日

昔の私は、失敗が怖くて仕方なかったんです。

どのくらいかというと、失敗したら処刑されるくらい。

大げさに聞こえるけど、本当にそのくらいの感覚でした。

だから挑戦もしない。やらなければ失敗しないので。

そしてそんな私は、人をバカにしていました。

先に言っておくと、これはもう何年も前の話です。やめたのは3〜4年前か、もっと前かもしれない。

今日はその黒歴史を出してみます。

失敗しちゃいけないと覚えた家

失敗しちゃいけないと覚えた家

失敗して何が怖かったのかというと、バカにされること、怒られることです。

誰に怒られるのかというと、親とか、上司とか。

でも上司は、親を重ねて見ていただけなんですよね。

大もとは親です。

といっても、私が怒られていたというより、母が何か失敗すると、父がひどく罵っていたんです。

それを見ていた私は、「失敗しちゃいけないんだ」と思うようになりました。

失敗が許されない感覚は、大人になってからも完璧主義という形で残っていました。

そのくせ私は、人をバカにしていた

そのくせ私は、人をバカにしていた

失敗が怖い。バカにされるのが怖い。

それなのに、私は人をバカにしていました。

ちょっと頭悪そうとか、地味とか、内向的とか。

なんでもネタになるんですよ(笑)。本当に、なんでも。

Kumi
自分がされたら処刑レベルで怖いことを、人にはやってたわけです。

他人をディスるのが話題の中心だった時期

ほとんどは、頭の中で思っているだけでした。

でも、悪い時期もあったんです。

「人をディスるのが話題のメイン」という友達とつるんでいた頃があって。

その頃は口にも出していました。

上にいそうな人の目が怖くて、自由に喋れない

その頃、「私もどこかで言われてるかも」と思っていました。

一緒にいる友達に言われる、というよりも、言い方は悪いけど、もっとカーストが上っぽい人たちに言われてるかも、と。

そう思うと、大人しくなるんです。

何が大人しくなるかというと、発言しなくなる。

自由には喋れないですよね、そりゃ。

人のことはあれこれ言うのに、自分の口は不自由。

今思うと、だいぶ窮屈なことをしていました。

ナリ心理学で知った、他人をバカにすることのデメリット

ナリ心理学で知った、他人をバカにすることのデメリット

変わるきっかけは、ナリ心理学でした。

どの記事だったかは、もう覚えてない。記事がめちゃくちゃあるので。

そこで知ったのが、「人をバカにすることのデメリット」です。

人をバカにすると、「自分もバカにされるかも」という不安が起こる。

そうすると、自分がやりたいことができなくなる。

まさに、喋れなくなっていた私のことでした。

なので、やめることにしました。

最初は意識してやめていました。

細かいことは覚えてないんですけど、たぶん、頭に浮かんで「あ、これかー」と気づいたら、「この人は、これでいい」と思うようにしていた気がします。

ここで正直に言っておくと、やめたのは優しさからじゃないです。道徳でもない。

自分が自由になりたかったから。

私は、人にだけ基準を当てて自分は別、という器用なことができないんですよね。

人をバカにする基準を持っているかぎり、それは自分にも向く。

だったら、基準ごと手放すしかなかったんです。

人を測る物差しが、そのまま自分を縛る。

このあたりの話は、こちらでも書いています。

失敗を言えるようになると、失敗できるようになる

失敗を言えるようになると、失敗できるようになる

バカにするのをやめて、何が変わったかというと、失敗を人に言えるようになりました。

そして失敗を言えるようになると、堂々と失敗できるようになるんです。

失敗できるようになると、やりたいことができるようになる。

大きな一歩だったなと思うのは、ブログに「自分の意見を書いてみる」こと。

そして、カウンセラーで起業したこと。

自由に喋れなかった私が、自分の意見を書いてネットに置く。当時の私からしたら大事件です。

もちろん、間違うこともあります。

でも、失敗したらやり直せばいい。今はそう思っています。

うまくいかなかった時期のことは、こちらにも書いています。

今でも浮かぶ。でもそれは「美学」

今でも浮かぶ。でもそれは「美学」

じゃあ今は、人を見ても何も思わない聖人になったのか。

なってないです。

今でも頭に浮かぶことはあります。

私が嫌いなのは、バランスが変なやつ。

服は部屋着なのにピアスだけしてるとか、ノーメイクなのに服だけおしゃれ、とか。

「それ、結局バカにしてるじゃん」

いやいやもっともです、そのツッコミ。

でも昔と違うのは、これが優越感のためじゃないこと。自分の美学が出ているんだと思ってます。

その証拠に、昔みたいに「自分も言われてるかも」と大人しくなることがないんです。

だって「美学」だから、私もヘンテコバランスで外に出たりしないので。

Kumi
部屋着なら部屋着コーデ。おしゃれならおしゃれコーデ。ヘンテコにはしない。

優越感といえば、推し活でも身に覚えがあります。その話はこちら。

挑戦しただけですごい

挑戦しただけですごい

今は、挑戦して失敗した人を見ても、バカにする気持ちは起きません。

「挑戦しただけですごい」と思います。

子どもを見ていると、毎日思うんです。

やだやだ言いながらやっていたり、怖いって言っていたのに、やってみたり。

大人だと、最近こんな人がいました。

仕事が辛くて、今までなら我慢していたところを、職場に言うべきことをちゃんと言って辞めた人。

怖いじゃないですか、自分の意見を言うのって。

私はそれが怖くて大人しくしていたので、よくわかります。

この年になると、挑戦すること自体、できる人が少ないんですよね。

だから、やった人はそれだけですごい。うまくいったかどうかは、そのあとの話。

人をバカにするのは、自分の口をふさぐことでした。

失敗した人を笑わない。

それは人のためじゃなく、私が喋るため、私が失敗するために決めたことです。

失敗は、していい。言っていい。やり直せばいい。

私はこれからも、そっち側で生きていきます。

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